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東京高等裁判所 平成5年(う)233号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人大森夏織、同梓澤和幸連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官吉岡征雄作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原判決は、被告人に対し、原判示第二の事実として、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)七三条の二第一項一号の不法就労助長罪の成立を認めているが、原判決には、被告人は同罪の処罰の対象とならないのにこれになるとする点で、法令の適用の誤りがあり、また、被告人には同罪の構成要件に該当する事実がないのにこれがあるとする点で、法令の適用の誤りないし事実の誤認があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

しかしながら、記録を検討してみても、原判決に所論のような判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の適用の誤りないし事実の誤認があるとは認められない。以下、所論にかんがみ説明を付加する。

一  所論は、入管法七三条の二第一項の不法就労助長罪の立法趣旨・処罰根拠が、不法就労外国人を日本に来させる吸引力又は推進力となっている雇用主、ブローカー等の不法な存在を処罰し、不法就労外国人の増加に歯止めをかけることにあることからすれば、同項一号の不法就労助長罪の処罰の対象は、事業の経営者・雇用主若しくはその代替性を有する者、あるいは監督的立場にあり外国人を使役する者に限られると解すべきであり、単なる従業員にすぎない者はこれに該当しないのに、原判決は単なる従業員にすぎない被告人に対し同号を適用したものであって、原判決には法令の適用の誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、と主張する。

しかしながら、入管法七三条の二第一項の不法就労助長罪の立法趣旨及びその処罰根拠は所論のとおりであるとしても、同項一号は、単に、「事業活動に関し、外国人に不法就労活動をさせた者」と規定しているにすぎないことからすれば、同号による処罰の対象を所論のように、特定の身分のある者に限られるとするなど、限定して解釈しなければならないとは考えられず、所論の者らを含めて、外国人に不法就労活動をさせた者と認められる以上、同号による処罰の対象になると解するのが相当であり、これと同旨の原判決は是認し得るところであるから、原判決に法令の適用の誤りがあるとはいえない。

したがって、この点についての所論は採用することができない。

二  所論は、入管法七三条の二第一項一号の外国人に不法就労活動を「させた」との構成要件に該当するためには、①行為者において当該外国人との間で雇用関係にある等、対人関係上優位な立場にあり、②その外国人が自己の指示どおり不法就労活動を行う状態にあることを利用して、③その外国人に対して積極的に働きかけ、④その結果として、その外国人が不法就労活動を行ったことが必要であると解するのが相当であるところ、被告人にはこの構成要件に該当する事実はない、しかるに、原判決は、被告人にこれに該当する事実があったとして、原判示第二の事実を認定しており、右は同号の構成要件を過度に緩やかにとらえるか、あるいは事実の認定を誤ったものであって、原判決には法令の適用の誤りないし事実の誤認があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、と主張する。

しかしながら、入管法七三条の二第一項一号が規定する「外国人に不法就労活動をさせた」とするためには、当該外国人との間で対人関係上優位な立場にあることを利用して、その外国人に対し不法就労活動を行うべく指示等の働きかけをすることが必要であると解されるが、原審において取り調べられた各証拠によれば、原判示第二の事実は優に認められるところであって、原判決に所論が指摘するような法令の適用の誤りないし事実の誤認があるとは認められない。

すなわち、関係各証拠によれば、(1)本件の「サパークラブ樹理」(以下「本件クラブ」という。)は、平成三年七月に、共犯者であり原審共同被告人でもあるAが被告人の姪であるBから店を任せられ(同年九月には同店の営業許可名義もAに変更された。)、以後Aが店長として同店を取り仕切っていたこと、(2)本件クラブは、タイ人らのホステスが、飲食に来た客を接待する一方、客との間で売春の合意ができれば、店外で売春をするという、いわゆる売春スナックであり、そのシステムは、店はホステスらの店内での接客等の仕事に対しては同女らに給料を支払わない代わりに、客との売春で得た金員は全額売春したホステスらの収入にする、店は、売春を期待して来店する客に対し、「どの娘がいいですか。」などと声をかけ、客が「あの娘がいい。」などと答えると、ホステスにその客の所に行くよう指示するなど、積極的にホステスへの客付け(多くの場合この客付けには、ホステスらに当該客との売春を勧める意味も含まれている。)をする、店としては、客の飲食代金のみが収入ということになるが、右のように売春の機会を作出することにより、ホステスらの収入を高めさせて同女らを店に引き止めるとともに、客を増やして店の収入の増加を図るというものであったこと、(3)本件クラブで働くタイ人女性らは、必ずしも出退勤を厳しく規制されていたわけではなく、割合自由にしていたが、売春の合意ができて客と店外に出るときは、店の了承が必要であり、また、同店で働くについては、店長による面接を受けて採用されることが前提になっていたこと、(4)被告人は、Aが本件クラブを引き受ける前から、同店で働いており、同人が同店を引き受けた後も、一時台湾に帰国していたことがあったものの、引き続き同店で前記システムを了知しつつ稼働し、同店から月に三〇万円の給料をもらっていたこと、(5)被告人の本件クラブでの稼働の内容は、カウンター内でつまみものを作ったり、客席でホステスらと一緒に客と会話したりするほか、Aから任せられて店の経理等の仕事をし、また、同人が店を留守にしたときには、同人に代わって店を管理するなどの仕事もしていたこと、(6)ところで、本件クラブには、前記のようにホステスとして働くタイ人女性らを除いては、Aと被告人しかおらず、被告人は、ホステスらからも客からも、同店の「ママ」と見られており、Aとともに、ホステスらに対し、前記客付けをし、店外に出るに当たっての了承をするなどしていたこと、(7)Cも、右のようなタイ人女性らの一人であり、本件クラブでホステスとして働くとともに、店の客らと店外で売春をすることによって、生活していたものであること、(8)Cは不法残留者であり、本件クラブで働くその他のタイ人女性らも不法残留等の不法滞在者であり、このことはAも被告人も十分承知していたこと等の事実が認められる。

以上の事実によると、被告人は、本件クラブにおける従業員ではあるが、被告人の同店での前記のとおりの仕事の内容等にかんがみても、ホステスらと同じ立場にある者ではなく、Aとともに、同店の使用者側に立ついわゆる「ママ」として、Cを含む同店のホステスであるタイ人女性らとの間で対人関係上優位な立場にあって、同女らにホステス兼売春婦として働くよう指示し、同女らもその指示に従ってホステス兼売春婦として稼働していたことは明らかであり、したがって、被告人が、Aと共謀の上、本件クラブにおいて、同店の事業に関し、外国人であるCに不法就労活動をさせたとする原判示第二の事実は十分認められるというべきである(なお、所論には、「対人関係上優位な立場」というものをかなり高度なものに限るとしている節があるが、入管法七三条の二第一項一号が、単に、「不法就労活動をさせた」と規定していることからしても、特に優越性が高度である必要はなく、不法就労活動を「させた」といい得る程度の対人関係上優位な立場が認められれば足り、本件クラブにおける被告人のCらに対する関係がこれに当たることは明らかである。)。

所論は、本件クラブでのタイ人女性らの稼働が自由であったこと、売春料金はすべて同女らの収入になっていたこと等、店とホステスらとが持ちつ持たれつの関係であったことにかんがみると、雇われ店長であるAについても外国人を監督的立場で「使役」する者とはいえず、ましてや被告人についてはなおさらである、と主張する。

確かに、前記のとおり、本件クラブでは、ホステスとして働くタイ人女性らの出退勤については厳しくなく、割合自由であったこと、同女らが店の客との売春によって得た金員はすべて同女らの収入になっていたことは認められるが、これらの事実が、対人関係上被告人及びAがCを含む同店のホステスであるタイ人女性らに対し優位な立場にあったとする、前記認定を左右するものとは認められない。

所論は、また、原判決は、Aと被告人間の共同正犯を認定しているが、両者間の共謀については、事前共謀にせよおよそ認定していないから、本罪の構成要件該当性の有無については、被告人とCとの関係を個別的に検討する必要がある、そして、この関係を個別的にみると、被告人は、単にチーフ的存在として給料をもらって雇われている同店の一従業員にすぎず、同じく同店でホステスとして働くCとの間で対人関係上優位な立場にあったとはいえない、その他金銭関係、居住関係等でも被告人のCに対する優位性はないなどと、るる主張する。

しかしながら、記録によると、原判決は被告人とAとの間の共同正犯を認めていることは明らかであり、また、被告人が、Aと意思を通じた上、同人とともに、Cらとの間で対人関係上優位な立場にあって、同女らを同店のホステス兼売春婦として稼働させていたと認められることは前示のとおりであって、被告人にAとの共謀による不法就労助長罪が成立することは明らかである。その他Cとの間の金銭関係、居住関係等、所論が指摘する諸々の事情も前記認定を左右するものとは認められない。

なお、所論は、売春は直接Cらと客との間の合意で行われたものであり、被告人らはせいぜい客との間を取り持つ程度であって、同女らに対し優越的地位に基づく指示とか積極的な働きかけをしていたとは認められない、とも主張するが、前記のような本件クラブのシステム、すなわち、ホステスらに給料を支払わない代わりに、客との売春によって得る売春料金は全額同女らの収入とするということからすれば、ホステスとして稼働させるということが、とりもなおさず、ホステス兼売春婦として稼働させるということであり、したがって、被告人らがCらの売春の点についてもその不法就労活動をさせたものであることは明らかである。

したがって、この点についても所論は採用することができない。

論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡田良雄 裁判官阿部文洋 裁判官毛利晴光)

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